85才になる義母の付き添いでかかりつけの医院へ。後部座席に陣取る義母は名ナビゲーターだ。道端に人が立っていると、「あらら、なんだね、あぶねぇごどぉ#」...あの~ただ、立ってるだけなんだけどなぁ、、、。信号待ちで止まっている前方の車を見ると、「ほらほらぁ、早ぐ止まんねぇど、あいゃー!!!!!!」....って言うか、前の車まで距離は50m位も先なんだけどなぁ。って感じで何かとにぎやか。が、こちらからの呼びかけには耳が遠いので、ほぼスルー。視力は良すぎてヘタしたら時に3.0くらいでもあるのでは、と思うときさえある。ちょいちょい突発的に注意を促されるので超安全運転出来て、まっこと義母には感謝(?)
義母の医療費は1割なので負担は軽く、本日のお会計は280円也。いつものように義母の小銭入れを預かり、中からちょうどの金額をそろえて窓口のトレイへ「はい、お願いします。」すると思わぬ言葉が返ってきた。「このような10円玉は受け取れませんので交換していただけますか」.....へっ!?「だ、だめなんですか。」説明では、過度に汚れた硬貨は次の患者さんにつり銭として渡せない、とのこと。まぁ、そう言われれば仕方が無い、改めて百円硬貨3枚で出し直した。義母にこの10円玉はどうしたのかと尋ねたところ、義父の火葬時に棺に入れたものなのだと言う。それを何の気無しに小銭入れに混ぜたらしい。口は達者な義母だが、最近は認知が進行気味。予期しない行動には気を配らねばと心配な昨今だ。
問題の10玉円は、いったん拝借。キレイになるだろうかと試しに酢に浸してみた。すると、お~~見事に復活✨️これならどこに出してもOKだろう。ちなみに当地方では火葬の時、身内が10円玉を棺の中に添える風習がある。浄土の世界で不自由のないようにと慰めの思いを込めるもので、火葬後は故人の供養や厄除けなどとして持ち歩くのだが義母はどうやら仏壇に供えていたようだ。
火葬時に添える10円玉のことを書いていたら色々なことが脳裏によみがえってきた。以前、嘱託で火葬業務に携わったときの模様を何度かあげたと思うが、それとは別の切なくも忘れがたい話を紹介したい。
── 師走のある日、小生が火葬業務を受け持つことになったのは生後間もない乳児。僧侶、親族の姿は無く、参列は若い両親のみ。ふたりから、持ってきた折り鶴を棺の中に添えたいと申し出があり、こころよく承諾。最後のお別れに併せて折り鶴を納めていただいた。母親は体を撫でながら嗚咽し、なかなかその場を離れようとしない。が、時間も押していたので気持ちを押し殺して、、「よろしいですか。」静かに言葉をかけて小さな棺にフタを被せようとした瞬間、折鶴の羽に書かれた文字が目に入った。1羽には”おとうちゃん”、もう1羽には”おかあちゃん”。それを見たとたん、あぁ,だめだぁ。平静を装いきれず涙があふれ、うつむいて目を閉じた瞬間には涙が棺の中にぽたぽた。
「それでは、....ご収骨の.....お時間まで...ん、ぐっ○×△♭●□▲※」案内するも声に詰まって言葉にならない。ホール、炉前の祭壇には遺影や供花は無く、履かせることが叶わなかった水色のファーストシューズだけがポツンと置かれていた。両親が控室へと去った後、それを見ていたらまた泣けてきた。生後間もない赤ちゃんの場合、火葬はちょっと大変。作業内容をつまびらかにするのは控えるが、お骨が未発達で柔らかく、灰と化してしまう可能性があるのでとても神経を使う。ともあれその日、手のひらに乗る小さな骨壺を手渡し、とどこおり無く一切を無事終えた。ふたりを見送ろうとしたとき母親から小声でささやかれた。「担当者さんのお名前って聞いてもいいですか?」ふいに小生の名を尋ねられたので何か失礼でもあったのかと思いきや、「息子のために涙を流されてくださっていたので、なんだかいい人だなぁと思って。ありがとうございました。」と、しんみり。...いや~しっかり見られてたんかいなぁ、はずかし(汗)で、「私、キクチと申します、はい。」あれから14年、あのときのおふた方は今どうしているだろうか。(補足ながら、小生はまったくもって”いい人”などではない。むしろ”ハラ黒い”がピッタシかも。)
